2009年も残り3日。今年は牛のようにゆっくり、じっくりと、というわけにはいかず、どちらかというと猪突猛進の年になってしまいました。たくさんの組織から講演の招聘がありました。千里リハビリテーション病院の特徴や具体的なリハビリテーションのあり方についてお話しをさせていただきました。病院の特徴についてはこのホームページでご紹介しているとおりですが、私自身が取り組んでいる機能解剖学的な視点に立ったアプローチにもかなり耳を傾けていただくようになりました。
機能解剖学的な話というのは決して難しい話ではありません。もちろん、脳の中のシステムのような結構難しいお話しもしますが、仰向けに寝た状態からまっすぐ起き上がるときに主として働く筋肉は何か、という医療人には基本の中の基本、そのようなお話しをさせていただいています。今年は講演やシンポジウムに5000名余の方々に会場に脚を運んでいただきました。心から感謝申し上げます。
私たちのアプローチが砂上の楼閣にならないように、今、土台となる石垣作りが急務のときを迎えています。決して経験則に頼らないで、おひとりおひとりに対して、根拠をもったアプローチができるように、来年も心を新たに取り組んでいきたいと思います。
2009年 のアーカイブ
2009年も残り3日
「ゼロはどこまで重ねてもゼロでしかない」
私は中学校時代、野球部に入っていました。ある日、隣町の中学校と交流戦を行ったのですが、惜しくも1-0で負けてしまいました。緊迫したいい試合のようにも見えますが、監督にこっぴどく怒られてしまいました。「試合に負けたことを怒っているのではない。おまえ達にはなにがなんでもホームに帰ってくるという気迫がない。1-0を何点差だと思ってるんだ?1-0は無限の差があるんだ。」と。0はどこまで重ねても0でしかない、と監督は言ったのです。その説教は主将の私にはかなり応えました。
相手チームの主将はエースで4番、柏原純一。ご存じの方も多いと思いますが、彼はその後、南海ホークス、日本ハムファイターズ、阪神タイガースで主軸打者として活躍しました。特に、日本ハムファイターズでは4番打者として1981年に大沢監督をリーグ優勝に導く働きをみせ、プレーオフのMVPに選ばれました。
その後の彼の活躍を見るたびに私は中学時代のその試合を思い出していました。まさか中学時代の野球の試合が、私の人生に大きく影響してくるとは思いもよりませんでした。
思ったらとにかく口に出してみる、やってみる、まずは動いてみる。動かなかったら何も生まれはしないし、考えていないことと同じこと。
千里リハビリテーション病院の構造とシステムは正に破天荒なものかもしれません。私たちはこれまでのリハビリテーション病院のあり方に疑問をもっていました。その疑問を日頃から橋本理事長と語り合っていたのですが、理事長も思ったらとにかく動いてみる人のようです。動いている中でしっかりと見えてくるものがあることを私は感じています。
★セラピー犬がやってきた★

セラピー犬がやってきました。
名前は『ミーシャ』
2008年6月3日 岡山県生まれ
ちょっぴり臆病な女の子
犬種:ウェルシュコーギー・ペンブローク
好きなもの:ボール、スリッパ、タオル
嫌いなもの:ダンボール、ビニール袋
チャームポイント:左右のひげの色がちがう。
もうすぐ1年♪


レストラン食事の事例
食事も自分の意志で選ぶことがリハビリテーションに繋がるとの考えから、レストラン方式を採用。管理栄養士の指導のもと、患者さんの状態に配慮した和・洋・中の多彩なメニューを提供します。
そのなかから、バイキング、敬老の日特別メニューをご紹介いたします。
当院のライブラリーディレクションを担当いただいている