
私は12人兄弟の末っ子。長姉と私とは24歳も離れていますし、私には年上の姪もいます。父も母も私が小さい頃に脳卒中で亡くなりましたから、生活も大変でした。兄弟姉妹で塩鯖1匹をおかずにしていただいた夕食のことが忘れられません。その頃に食べたこともない鯛の尾頭付きを見ても感動しませんが、鯖を見るともうダメです。動揺を隠すために「サバダバダ、サバダバダ」なんて言いながらいただくのです。
3週間ほど前に書いたブログにasukaさんという方からいくつかコメントをいただきました。その中にasukaというお名前の由来を書いてありました。お母様のお腹から出てくるのが1週間ほど遅れて、ご両親が「明日か、明日か」と思いながら待たれたからだと。
私の「雅春」は長姉の夫・雅久に父が頼んで一字をいただいたものらしいのです。必然的に、私は小さいときからずっと内科医である義兄の存在を意識しましたし、この方面に進んだのも「脳卒中」にも関わる仕事らしいという彼からの情報がきっかけでした。人間は何かに影響されて今があるわけですが、私の人生はもしかしたら生まれたときから今を予見できていたのかもしれません。
名古屋のおけい鮨でいただいた五島の鯖の味は最高でした。心でサバダバダと言いながら。
ブログに登場させて頂きありがとうございます。
12人兄弟なのですね!?一人っ子の私にとってもはとてもうらやましい話です。
きっと多くの兄弟の中で育ったからこそ、自分さえ良ければよいというような利己的ではなく、患者様への利他的な愛情を注ぐことができるのですね。
また今の先生があるのは生まれた時から予見できたものと、後天的な努力の賜物ですね。
私もそのような人生を送れるよう、今後も努力して参ります。
おはようございます、asukaさん。お名前を拝借して申し訳ございません。
コメントを読みながら汗が噴き出してきましたよ。そんなにお褒めいただいては・・・。
若い頃は12人兄弟であることが恥ずかしかったりしましたが、よくよく考えますと、
11人兄弟でしたらこの世に私はいないのですから、恥ずかしがってる場合ではありませんよね。
たくさんの愛情を注いでくれた兄姉たちに感謝しています。
ご両親の愛を正面から受け止めていらっしゃるasukaさんは、そのまま真っ直ぐ歩いて行かれたら素敵な人生になりそうですね。
私の方こそ、先生にそのようにお褒め頂き、光栄です。
それぞれ生まれてきた環境が違うからこそ、無いものに眼を向けてしまうとないものねだりになりますが、すでにある環境に感謝するとこんなにも多くのものが与えられているのだと実感できます。
ようは考えようですよね。
患者様にも障害で失われた機能、能力ばかりではなく、残された部分に注目し、それをどう生かすか、どう伸ばすかを一緒に考えて参ります。
今後も明るい未来を描きながら全身して参ります。ありがとうございます!
さすが、asukaさん。「全身」に気持ちが表れていますね。
あれ?「全身」でしたね。
“からだじゅう”ではなく、“全身全霊”の“全身”としてとらえておいてください(笑)
はじめて、吉尾先生へメールさせていただきます。いつも先生のブログを拝見さ
せていただいております。一見グルメレポート?のように見受けられるコメント
に、伝えたい人生の哲学とお人柄がしっかりと基本にあることに感動します。多
くの病院経営のTOPの方々が、自らが患者様や病院経営をどうしたいのかを中
心に語られていることが多いのに対して、背景や経緯、目指すものが異なる異種
のものに対する受け止め方が寛容で、ニュートラルであることを素晴らしく思い
ます。個人の主張は、先生がブログの中で語られているように、その生まれてき
た歴史の影響を多かれ少なかれ、いや本当は多分に受けているものですね。成人
になりその背景を原点に、経験したものを受け止め、取り入れ、時には抵抗し成
長していくものでしょうか。だからこそ、個人の背景に偏っている考え方にどう
してもなりがちであるように思います。世の中全ての人が、鯖を見てサバダバダ
とは思いつかないように・・・。誰が見ても正しいことを実行しようとする意思
と、実行する強い精神、素直に反省し見直す勇気が、他人と真のコミュニケー
ションを通じて人の上に立ち、介護を必要とする患者様や家族の皆様の思いを受
け止め、正しい方向へ導いていくには必要なのですね。その最終目標は、この現
世を色々な苦しみを背負って生き抜かねばならない人達に幸せになっていただく
ことにあると言うことなんでしょうか。簡単なようで最も難しいことであり、な
かなか出来るものではないと思います。経営となると自分だけ頑張っていても力
不足であり、どれだけの同士を増やせるかが重要であることに痛感させられま
す。余程の強い意志を持ち続けねばならないのでしょう。先生のような魂として
紳士であり、人生を楽しむ心の余裕が必要であると常々感じております。老いた
親の幸せを願う者として、リハビリ病院の多くの医師や看護士や関係者の皆様
が、自分が決めた方針や誇りでない体裁に拘り、自分の好き嫌いや大変さで判断
されることがなきよう、先生と同じ意思と思いを共有されることを願います。申
し訳ありません。初めてのメールで、真面目すぎる内容では心の余裕がないです
ね。先生と比べると、紳士と言うより新人ですね。
gratitudeさん、とても読み応えのあるコメントをいただき「ありがとう」ございます。
私自身が書いたこれまでのブログの内容を改めて読み返してみました。そのひとつひとつを受け止めていただき、ご丁寧におまとめいただいたと思います。心から感謝申し上げます。
私自身の頭の中をまとめていくひとつの場としてこのブログもあると考えているのですが、このようにgratitudeさんにコメントしていただいたことで、さらに自分がどうあるべきか見えてきたように思います。
私のブログに興味を持った方々からたくさんのコメントを頂戴しましたが、とても勇気をいただいています。心から感謝し、これからも精進していかなければならないと思っています。
おはようございます。先生の書かれたブログを読ませていただき、沢山の感動や
納得させていただいたことを、自分の今までの思いに重ねてついつい読み応えの
あるコメントを送ってしまいました。お忙しい中、申し訳ありません。医学、介
護の分野においても、これまでの長い歴史に基づいて作られてきた制度や学問、
処置の中に、新人であっても、いや新人だからこそ気付ける間違いや、思い込
み、神話のようなものが残されていることは、それらを受ける立場から見れば
命に関わることもあり、大きな不安要素です。自分が感じたことを信じて、事実
を実証していく勇気と忍耐力、自分を信じる心(自信)を持った多くの若者が
育っていく、育てていくことは責任を持つ者として重要な役目であると思いま
す。このような道を切り開いてきた人物であるからこそ、自信があるだけに自身
の成功体験に拘ってしまいがちという皮肉なケースも多々あります。自分の信じ
る道を切り開くという目的では、自分の成功が到達点になってしまうからでしょ
う。もっと高い上位概念がこのような多くの人の幸せに影響を与える仕事の責任
者に対して必要なことだと感じつつも、全ての人がそうでないという事実も受け
止めねならないのでしょう。先生は幼少の頃のご両親のご経験が、介護を要する
人のためになりたいという大きな目的を作り上げているところが、日々の課題に
対する心の持ち方の大きさに繋がっておられると感じます。先生と繋がることの
機会をいただけた患者様やご家族は幸せであると感じます。またまた読み応えの
あるコメントをさせていただき、申し訳ありません。なかなか学習効果がないの
も小職の課題です。
gratitudeさん、こんばんは。今回も奥深いお話をありがとうございます。
医療に携わる人間のあるべき姿の基準あるいは尺度が自分自身にあるということは日常的に感じることですが、極力避けなければならないことなのでしょう。経験がいつも向上に繋がっているとは限りませんし、成功体験が単なる自己満足になっていることも多いと思います。日々、精進です。