今年もゴールデンウィークに北海道の山に山菜採りに出かけてきました。一番のねらいは行者ニンニクです。天ぷらや酢みそ和え、醤油漬け、あるいは他の野菜などと炒め物にしていただくのが最高です。さほど深い山ではないのですが、行者ニンニクの側にはご覧のようなヒグマの糞?や足跡がありますから、大きな声で歌ったり、鈴を鳴らしながら山を歩きます。エゾタヌキの糞かもしれませんが、山に入っている者はヒグマの糞だと思い込んでしまいます。
ヒグマは決まった場所で糞をする習性があるそうで、溜め糞と言います。古い糞は粉状にくだけ、少し古い糞は白い固まりになり、新しい糞は黒くて柔らかく、糞だまりの風下に行くととても強い臭いが漂っています。おそらく自分のテリトリーを主張しているのでしょう。
彼らは人里には出てこないようです。むしろ私たちが彼たちのテリトリーを犯している立場ですから、ヒグマの食事時間を外して行儀良く振る舞い、最小限の収穫で退去しなければなりません。毎年、お邪魔している山のルールです。専門職者のテリトリーもどうあるべきか、考えさせられます。
千里リハビリテーション病院ブログ
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熊の糞
ハナミズキ
空を押し上げて手を伸ばす君・・・百年続きますように。大好きな一青窈の歌「ハナミズキ」です。
ハナミズキの花言葉は「私の想いを受けてください」です。1912年に東京からワシントンD.C.に桜が贈られた返礼として1915年に贈られたのが日本最初のハナミズキなのだそうです。写真は赤いハナミズキですが、赤いのは花ではなく総苞、つまり花びらを支えている外側の部分で、その中央に小さい花がたくさん集まっています。近くに寄って、よーく見てみてください。感動しますから。花が終わるとその小さな花1つずつが空に向かって実になるのです。
昨夜、今年度採用者の歓迎会がありました。115名の参加者で、職種の垣根を越えてとても賑わいました。全体の雰囲気はいいなあと感じました。病院の建物がハナミズキの総苞で、とても綺麗に見えています。ひとりひとりはその中の小さな花に相当します。それらの花は果たして実を結ぶのでしょうか?もちろん結んで欲しいと願い、そのための援助も教育も惜しまないつもりです。
でも最近、ちょっと不安に思っています。ハナミズキの枝が花を空に向かって押し上げきれていないと。それは枝自身の問題か、幹や根の問題なのか、吸い上げる水や栄養がよくないのか、吟味しなければなりません。危機管理能力の向上に伴い、綺麗な花を百年続けて見られるように、システムを見直してみる必要を感じています。
春の紅葉
春の紅葉???オーストラリアの話ですか?と言われたことがあります。違います。垣根によく使われているカナメモチのように新芽が赤くなることを言っているのでもありません。秋のように、緑の葉が紅葉して、落葉するのです。代表格はくすのきです。桜が終わる頃、常緑樹のはずのくすのきの葉の何割かが赤く色づきます。そして、春風に舞って、辺りは落ち葉でいっぱいになるのです。
世の中、知らないことがたくさんあります。私たちの思い込みで、そのようなことの存在を考えることさえしないのが日常でしょう。春に街を車で走っているとき、たくさんの落ち葉があるにもかかわらず、です。
私たちが患者さんの評価をするとき、検査をする以前から思い込みで答を1つだけ決めていて、重要な事象すら無視してしまうことがあります。その1つの答えが正しいことを証明しようとする仮説証明作業を推奨する向きがありますが、医療の世界では極力避けなければならない手続きです。なぜならば、たった1つしか準備しなかったその答を、間違っているかもしれないと考えるような証明作業はしないからです。仮説はいくつか準備して、平等に検証していく姿勢が必要なのです。
主任
1月に咲く沖縄の寒緋桜から始まり、ヤマザクラやソメイヨシノの桜前線が寒波に遭いながらもなんとか北上し、いよいよ八重桜が主任を務めるときがきました。「主任」、これは「しゅにん」とは読まないでください。ここでは「トリ」と読みます。寄席で最後に出演する真打、最後を締めくくる人のことです。演者の最後を「取る」とか、ギャラを最後にまとめて「取り」、出演した芸人に分配することから言われるようになったそうです。主任は偉い人なのです。ギャラが不足したときには主任は身銭も切ったそうです。
八重桜が青空に映えて素晴らしいですね。桜の主任として相応しいかもしれません。
ところで、4月9日に書いた千里さくら通りの中で紹介した豊中のご家族の20年前のお話。お孫さんがブログをご覧になったそうで、「お祖母ちゃんの話だ」と思われ、お母様に連絡されたそうです。お母様から私にお電話をいただきました。凄いですね。私が書き留めた話が本当の話であることをご家族の皆様で証明していただきました。改めてご家族の素晴らしさを教えていただきました。ありがとうございます。今年の千里さくら通りの「大トリ」のお話として、皆様に紹介させていただきます。
破竹の勢い
三国時代、冬も終わろうとする頃、晋が武昌を落とした後、一気に攻め込んで呉を攻め落とすか、長江の水が凍る次の冬にあらためて攻め込むか決める場面がありました。鎮南将軍杜預が竹を裂くときの勢いのように一節、二節裂けば、残りを裂くのに力はいらないと喩え、破竹の勢いそのままに一気に呉に攻め入ったそうです。
私たちの成長や事業が遅々として進まないことはよくあることですが、ときにあることがきっかけで破竹の勢いのように展開していくことがあります。特に産みの苦しみを味わった後でうまく歯車が絡み合えば、その勢いの心地よさは格別です。もちろん、竹も最初の切り込みをどこにどの角度で入れるかが重要で、間違うと勢いよく一気に裂いていくことはできません。産みの苦しみは、相当な戦略によって得られる過程であり、また破竹の勢いはひとりの力で産み出すものでもないのです。
筍の美味しい季節です。千里にもたくさんの竹林があり、毎日、その成長を見て楽しんでいます。私が子供の頃はお腹を大きくするために、噛めないほど硬く大きくなった筍を食べるのが普通でした。
千里さくら通り
私のブログに何度か登場した「千里さくら通り」。府道吹田箕面線の一部分を言います。ご覧の通り素敵な並木道ですが、今朝からいよいよ散り始めました。今年も通勤途中、しっかり目の保養になりました。
もう20年くらい前になりかすか。豊中の由緒あるお宅のお母様が脳卒中になられ、担当させていただく機会がありました。お一人で座ることも、歩くことも、お話しすることも、食事することもまったくできないままご自宅に退院なさいました。その後、毎週、長女様の車で外来通院されましたが、決して介護が楽な方ではありませんでした。しかし、皮膚の状態もとてもきれいで、栄養状態もよく、私たちの顔を見るといつも親子で笑顔を返してくださいました。大変な状況の中で、ご家族皆様がいかに素晴らしい介護をなさっていたか、誰が見てもすぐに分かる笑顔でした。
「この季節には母を連れて千里さくら通りでお花見を楽しんでいます」とおっしゃっていたことを思い出しながら通勤しています。
希少価値
向かって左側の男性、神戸三宮にある「蒸亭」のご主人です。このお顔を拝見しただけで、どんな料理をいただけるのだろうと期待が大きく膨らむのは私だけではないでしょう。伺うと、開店されて間もないそうで、それまではサラリーマン。季節の野菜が好きで蒸亭に行くことにしたのですが、お顔に負けない味わいのある、心のこもった料理をいただくことができました。蒸亭には希少価値を感じました。
最近、電車の中で理学療法士の学生と隣り合わせになったり、コーヒーショップの隣の席で理学療法について熱く語っている友達連れを見かけたりするようになりました。私の友人の「りんこさん」はお互いの田舎の家が数㎞しか離れていない熊本の理学療法士です。希少価値と言われた時代とは違って、理学療法士は市民の中にかなり浸透してきました。国会議員もいるくらいですから。それだけに私たちの社会的責任も大きくなってきました。確かな手応えのある専門家でいたいものです。
蒸亭のご夫婦の次男、祐吾君、大学入学おめでとうございます。理学療法士を目指していらっしゃるそうで、大きくなった祐吾君にお会いできる日を楽しみにしています。
桜満開!
千里のさくら通りの桜が咲いたとお知らせしてから、なんと2週間が過ぎました。やっと桜が満開です。この2週間、ほとんど冬でしたから、この桜の咲き方は満面の笑みに見えてしまいます。
満開の桜もいい、満面の笑顔もいい。その「おもてなし」に人はたくさん集まってきます。
磨けば光る!
2010年4月1日、本年度の新入職員が一同にそろいました。総勢40名。3/4がセラピストです。顔と名前が一致するまで相当な時間が必要かもしれません。
今年の国家試験の合格率は医師89.2%、看護師88.3%、理学療法士92.6%、作業療法士82.2%、言語聴覚士64.8%、社会福祉士27.5%でした。近年では理学療法士の受験者数の急増が特徴で、今年の合格者は9112名だったそうです。群馬県の上毛新聞(2009.10.22.)に「急増の結果、理学療法士の質が低下した」という記事が大きく掲載されていました。大量輩出時代において、卒前・卒後教育の充実を図らなければなりません。
新入職2日目に「接遇」に関するセミナーがワークショップ形式で開かれました。講師は介護福祉士のお二人。積極的な意見交換がなされ、とても充実した2時間で、皆が輝いて見えました。このときの気持ちを忘れずに、しっかりと人間に迫って欲しいと思います。

外出して・・・
外出して、病院への帰りが遅くなった時 栄養士さんや夜勤スタッフの方が
夕食を残してくださったこと、筋肉痛で苦しんでいる時、看護師さんまでが
マッサージしてくれるなどあたたかな接遇を受けました。